栞かじり虫

本や日々のログなど。

生まれ変わるには死なねばならぬ

ここ最近、私の中で「河合隼雄ブーム」が再燃中で、 著書を読み漁る日々です。

忘れもしない河合隼雄さん(の本)との出会い、第一次河合隼雄ブームは、高校2年生のとき。

現代文の先生が教室に持ち込んでいた「こころの処方箋」という著書を手に取ったが最後、

みるみる彼の書く「心の世界」に引き込まれていきました。

こころの処方箋

こころの処方箋

教科書にたびたび引用されるくらい平易に、

しかし心に関する形容し難い側面をも的確に考察されていて

大学で学ぶなら心理学かな、と思うようになったきっかけもこの本かもしれません。

本というのは読む時々によって違った体験や気づきを与えてくれるもので

同じ本を繰り返し手に取る行為を、私は自身の変化を測るための指針としています。

この春、この本を読み返してみて新たに腹落ちしたお話があって

それがタイトルの通り「生まれ変わるには、一度死なねばならない」という趣旨のものでした。

ある悩みのために来談し、心理療法を継続しているときに自殺未遂をされた人があった。 それを機会にして、急激に悩みの解決が訪れてきたが、その後、その人が、「死ぬほどのところをくぐらなかったら、よくならなかったと思います」と言われたのが印象的であった。 端的に表現すると、人間は生まれ変わるためには、死なねばならないのだ。 と言って、それは身体の死に到ってはならず、あくまで象徴的に行わねばならない。 (中略) 肉体的死を回避しつつ、象徴的死を成就することが必要で、ただただ「死」を避けていたのでは何事も成らないのである。

河合隼雄こころの処方箋』より)

ちょうど季節が春へと移る頃合いから、悶々と続いていた苦しさのようなものがふっと消えていて、

そんな折にこのお話を読んだものですから

「あ〜、古い自分をちゃんと殺せたのかな。」と、妙に納得しました。

それは何かとつけて自分と他人を比べてしまったり、

「反省する」のでなく「落ち込む」ことで思考停止してしまったりする自分。

あの悶々とした苦しさは、古い自分を殺すときに生じる苦しさで、

それは今まで「古い自分」と歩んできたこれまでの過去を、

ある意味否定するような側面からおこっていたものなのかもしれません。

ではなぜこのタイミングで「自分がちゃんと殺せた」のかと考えると、

それはもう「必要に迫られたから」というよりほかなりません。

今の自分からもう一皮むけるには、仮にこれまでの自分のやってきたことを真っ向から否定する部分があったとしても

ここいらで一旦君を始末しておかないとな……という事態に多々直面したわけです。

これから生きていく中で、また自分のある側面を殺しにかかる必要性は出てくると思うのですが

今回の件で、「古い自分」に対する希死念慮や、それに伴う苦しさにちゃんと向かい合っていれば、

然るべきタイミングで人は変われるんだということを実感できました。

とはいえ24年間も共に過ごしてきた自分ですから、今までありがとうという気持ちを忘れず、

ゾンビになって飛びかかってこないようにちゃんと見張りつつ、日々を過ごしてまいります。